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NHK『日本語であそぼ』
NHK教育で放送されている番組『日本語であそぼ』。
当ブログと同じく、日本語の響きを愛しもう、そうれも子供向けに、という番組です。(え!?当ブログはそうだったのか???)

これがなかなか面白い。
朝出勤前に、遅刻しそうになる時間にチラッと見ることができる。
日本の名作のフレーズや、造語、わらべ歌など、ジャンルはさまざま。
わらべ歌なんか、「えーこんなのあったのー?」というような掘り出し物や、思わず乗ってしまいそうな心地よいリズムのものもある。

これを、ホストとしてKONISHIKIが照会してるってのが、ナイス人選だねえ。

俺がすきなのは、「がらぴい」と「かんかんづくし」
(大の大人がなに言ってんだ^^;)

『がらぴい』

がらぴい がらがらぴい
がらぴい がらがらぴい
がらぴい がらぴい
かざぐるま
がらがらぴい
おきゃがれこぼし
おききゃがれ小法師
ゆんべもこぼして 又こぼした
がらぴい がらがらぴい
がらぴい がらがらぴい
たあぷぽぽ
たあぷぽぽ
ちりからちりから つったっぽ
がらぴい がらがらぴい
がらぴい がらがらぴい
たっぽだっぽ一丁だこ
たっぽだっぽ一丁だこ
落ちたら煮てくを きゃあ
がらぴい がらがらぴい
がらぴい がらがらぴい
がらぴい がらがらぴい
がらぴい がらがらぴい
うゐ

これは、元々「外郎売」の台詞に登場する文句らしいが。子供達は大喜びなのである。

| 日本語を噛みしめよう | 00:23 | comments(29) | trackbacks(31) |
女神産め、海亀
めがみうめ、うみがめ

うう。。美しいぃぃ
| 回文 | 00:09 | comments(55) | trackbacks(27) |
シャナイア トゥエインで遊ぶ
シャナイア・トゥエイン、知ってますか?
キレイですねー。歌うまいですねー。

そして、詩がまた、感動的ですねえ。
ホント、泣けてきます。

YOU Are Still The One♪

(When I first saw you, I saw love.
And the first time you touched me, I felt love.
And after all this time, you're still the one I love.)

Looks like we made it
Look how far we've come my baby
We mighta took the long way
We knew we'd get there someday

Bridge:
They said, "I bet they'll never make it"
But just look at us holding on
We're still together still going strong

Chorus:
(You're still the one)
You're still the one I run to
The one that I belong to
You're the one I want for life
(You're still the one)
You're still the one that I love
The only one I dream of
You're still the one I kiss good night

Ain't nothin' better
We beat the odds together
I'm glad we didn't listen
Look at what we would be missin'

(Bridge)
(Chorus)
(Chorus)

I'm so glad we made it
Look how far we've come my baby


歌詞カードには、ステキな日本語訳がついている。。。

しかし、これを、機械に翻訳させると、爆笑モノなのだ!


(私は、最初にあなたに会った時、愛を見ました。
そしてあなたが私に触れた最初のとき、Iつの感じられた愛。
また、結局、この時、あなたはまだ私が好きなものです。)

どれくらい遠くに来たか私たちがそれに見させたように見える、私の赤ん坊 私たち、mightaは長い道のりをとりました。
私たちは、いつかそこに着くと知っていました。

ブリッジ:彼らは、「私は、それらがそれを作らないことに賭けます」と言いました。しかし単に私たちがもつのを見る、の上で、私たちはまだ強くなっています。

合唱:(あなたはまだものです。)

あなたはまだ属するものに私が実行するものです、
あなたは、私が終身(あなたはまだものです)望むものです。
あなたはまだ私が好きなものです。
私があなたに見るただ一つの1つはまだ私がキスするものです、
おやすみ nothinでない」よりよい、私たちは見込みをともに打ち破ります、私たちが聞かないで、私は嬉しい、私たちがだろうものへの注視、誤罪」 (ブリッジ)(合唱)(合唱)私は非常に嬉しいので、私たちは、どれくらい遠くに来たかそれに見させました、私の赤ん坊

あなたはまだ「モノ」ですて・・・^^;

| 日本語を噛みしめよう | 00:24 | comments(55) | trackbacks(0) |
お尻の中、魚、海苔、塩
おしりのなか、さかな、のり、しお

これは、あるダイバーが海を探索中、気づかぬうちに海の幸とどうかしてしまったという心温まるお話。しかしイメージ的には、韓国の鶏料理のようにも感じられ、実にうまそうだ。
| 回文 | 23:54 | comments(33) | trackbacks(2) |
クラムボン
昔小学校の教科書に宮沢賢治の「やまなし」っていう詩がありました。
「永訣の朝」などおもーいしに比べると、どっかのどかな感じのする詩です。
このなかに、「クラムボン」ってのが登場するのを覚えている方も多いでしょう。
あ、バンド名じゃないですよ。
確か教科書の脚注には、「プランクトンのこと」とかなんとか書かれていたと思うのですが、今回調べてみると、なんとその後もさまざまな有識者たちによって諸説入り乱れてるらしいっす^^;
ざっとあげただけでも、
1、アメンボ説(昭和14〜43年)
2、小生物説(昭和46年)
3、蟹の吐く泡説(昭和?年〜現在)
4、光説(昭和?年〜現在)
5、crabからの連想説(昭和54年〜現在)
6、蟹の母親説(昭和?年)
7、蟹語説(昭和60年〜現在)
8、解釈してはいけない説(昭和60年〜現在)
9、全反射の双対現象として生じる外景の円形像説(平成16年)
などなど^^;

http://www.yamanasi.net/kuramubon.html


こういうのをまじめに考えてるのって、楽しいだろうなあ。。^^




やまなし


 小さな谷川の底を写した二枚の青い幻燈です。

       一、五月

 二疋の蟹の子供らが青じろい水の底で話していました。
『クラムボンはわらったよ。』
『クラムボンはかぷかぷわらったよ。』
『クラムボンは跳てわらったよ』
『クラムボンはかぷかぷわらったよ。』
 上の方や横の方は、青くくらく鋼のように見えます。そのなめらかな天井を、つぶつぶ暗い泡が流れて行きます。
『クラムボンはわらっていたよ。』
『クラムボンはかぷかぷわらったよ。』
『それならなぜクラムボンはわらったの。』
『知らない。』
 つぶつぶ泡が流れて行きます。蟹の子供らもぽつぽつぽつとつづけて五六粒泡を吐きました。それはゆれながら水銀のように光って斜めに上の方へのぼって行きました。
 つうと銀のいろの腹をひるがえして、一疋の魚が頭の上を過ぎて行きました。
『クラムボンは死んだよ。』
『クラムボンは殺されたよ。』
『クラムボンは死んでしまったよ……。』
『殺されたよ。』
『それならなぜ殺された。』兄さんの蟹は、その右側の四本の脚の中の二本を、弟の平べったい頭にのせながら云いました。
『わからない。』
 魚がまたツウと戻って下流の方へ行きました。
『クラムボンはわらったよ。』
『わらった。』
 にわかにパッと明るくなり、日光の黄金は夢のように水の中に降って来ました。
 波から来る光の網が、底の白い磐の上で美しくゆらゆらのびたりちぢんだりしました。泡や小さなごみからはまっすぐな影の棒が、斜めに水の中に並んで立ちました。
 魚がこんどはそこら中の黄金の光をまるっきりくちゃくちゃにしておまけに自分は鉄いろに変に底びかりして、又上流の方へのぼりました。
『お魚はなぜああ行ったり来たりするの。』
 弟の蟹がまぶしそうに眼を動かしながらたずねました。
『何か悪いことをしてるんだよとってるんだよ。』
『とってるの。』
『うん。』
 そのお魚がまた上流から戻って来ました。今度はゆっくり落ちついて、ひれも尾も動かさずただ水にだけ流されながらお口を環のように円くしてやって来ました。その影は黒くしずかに底の光の網の上をすべりました。
『お魚は……。』
その時です。俄に天井に白い泡がたって、青びかりのまるでぎらぎらする鉄砲弾のようなものが、いきなり飛込んで来ました。
 兄さんの蟹ははっきりとその青いもののさきがコンパスのように黒く尖っているのも見ました。と思ううちに、魚の白い腹がぎらっと光って一ぺんひるがえり、上の方へのぼったようでしたが、それっきりもう青いものも魚のかたちも見えず光の黄金の網はゆらゆらゆれ、泡はつぶつぶ流れました。
 二疋はまるで声も出ず居すくまってしまいました。
 お父さんの蟹が出て来ました。
『どうしたい。ぶるぶるふるえているじゃないか。』
『お父さん、いまおかしなものが来たよ。』
『どんなもんだ。』
『青くてね、光るんだよ。はじがこんなに黒く尖ってるの。それが来たらお魚が上へのぼって行ったよ。』
『そいつの眼が赤かったかい。』
『わからない。』
『ふうん。しかし、そいつは鳥だよ。かわせみと云うんだ。大丈夫だ、安心しろ。おれたちはかまわないんだから。』
『お父さん、お魚はどこへ行ったの。』
『魚かい。魚はこわい所へ行った。』
『こわいよ、お父さん。』
『いいいい、大丈夫だ。心配するな。そら、樺の花が流れて来た。ごらん、きれいだろう。』
 泡と一諸に、白い樺の花びらが天井をたくさんすべって来ました。
『こわいよ、お父さん。』弟の蟹も云いました。
 光の網はゆらゆら、のびたりちぢんだり、花びらの影はしずかに砂をすべりました。

       二、十二月

 蟹の子供らはもうよほど大きくなり、底の景色も夏から秋の間にすっかり変りました。
 白い柔かな円石もころがって来小さな錐の形の水晶の粒や、金雲母のかけらもながれて来てとまりました。
 そのつめたい水の底まで、ラムネの瓶の月光がいっぱいに透とおり天井では波が青じろい火を、燃したり消したりしているよう、あたりはしんとして、ただいかにも遠くからというように、その波の音がひびいて来るだけです。
 蟹の子供らは、あんまり月が明るく水がきれいなので睡らないで外に出て、しばらくだまって泡をはいて天井の方を見ていました。
『やっぱり僕の泡は大きいね。』
『兄さん、わざと大きく吐いてるんだい。僕だってわざとならもっと大きく吐けるよ。』
『吐いてごらん。おや、たったそれきりだろう。いいかい、兄さんが吐くから見ておいで。そら、ね、大きいだろう。』
『大きかないや、おんなじだい。』
『近くだから自分のが大きく見えるんだよ。そんなら一諸に吐いてみよう。いいかい、そら。』
『やっぱり僕の方大きいよ。』
『本統かい。じゃ、も一つはくよ。』
『だめだい、そんなにのびあがっては。』
 またお父さんの蟹が出て来ました。
『もうねろねろ。遅いぞ、あしたイサドへ連れて行かんぞ。』
『お父さん、僕たちの泡どっち大きいの』
『それは兄さんの方だろう』
『そうじゃないよ、僕の方大きいんだよ』弟の蟹は泣きそうになりました。
 そのとき、トブン。
 黒い円い大きなものが、天井から落ちてずうっとしずんで又上へのぼって行きました。キラキラッと黄金のぶちがひかりました。
『かわせみだ』子供らの蟹は頸をすくめて云いました。
 お父さんの蟹は、遠めがねのような両方の眼をあらん限り延ばして、よくよく見てから云いました。
『そうじゃない、あれはやまなしだ、流れて行くぞ、ついて行って見よう、ああいい匂いだな』
 なるほど、そこらの月あかりの水の中は、やまなしのいい匂いでいっぱいでした。
 三疋はぽかぽか流れて行くやまなしのあとを追いました。
 その横あるきと、底の黒い三つの影法師が、合せて六つ踊るようにして、山なしの円い影を追いました。
 間もなく水はサラサラ鳴り、天井の波はいよいよ青い焔をあげ、やまなしは横になって木の枝にひっかかってとまり、その上には月光の虹がもかもか集まりました。
『どうだ、やっぱりやまなしだよ、よく熟している、いい匂いだろう。』
『おいしそうだね、お父さん』
『待て待て、もう二日ばかり待つとね、こいつは下へ沈んで来る、それからひとりでにおいしいお酒ができるから、さあ、もう帰って寝よう、おいで』
 親子の蟹は三疋自分等の穴に帰って行きます。
 波はいよいよ青じろい焔をゆらゆらとあげました。それは又金剛石の粉をはいているようでした。

      

 私の幻燈はこれでおしまいであります。
| 日本語を噛みしめよう | 00:21 | comments(40) | trackbacks(0) |
おやじギャグとは誰が言いはじめたのか!?
もうそろそろ、「それ、おやじギャグだよ」といわれる年頃になってきた。
たとえば、

羊羹はよう噛んで食べろ!

とか^^;



しかし、この類のセリフって、俺4歳くらいから言っていた気がする。
でよく考えてみると、通常言われる「駄洒落」のことじゃないの?これって。
俺の場合は、多分に駄洒落好きの父親の影響を受けている。

駄洒落とおやじギャグの境目って、なんなのだろうか??
| 疑問 | 00:13 | comments(8) | trackbacks(3) |
まけずぎらいの「ず」ってなんじゃ!
負けず嫌いの「ず」は、人に言わせると、否定の「ず」だという。
でも、それだと、負けないのが嫌いだということは、負けるのが好きってことじゃないのか?
どうせなら、「負け嫌い」というべきなんじゃないのか?!
| 疑問 | 01:49 | comments(14) | trackbacks(2) |
テストじゃ
テストじゃ
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